注目国!バングラデシュのIT人材と就職事情を紹介

南アジアのバングラデシュは、インドとミャンマーに国境を接するスパイシーなカレーの国。筆者はバングラデシュにて2008年から時折間を空けながらも駐在10年目となります。

日本の国土面積の4割に約1億7千万人が暮らす、都市国家・島嶼国家を除くと世界一の人口密度の国です。豊富な人的資源を活かした労働集約型産業(人間の労働力に対する依存度が高い産業のこと)である繊維縫製業は中国に次ぐ世界2位の規模で、今や日本でも洋服のMade in Bangladeshはポピュラーになりつつあります。

そんなバングラデシュでは、IT(情報技術)人材に注目が集まっています。その理由について紹介していきましょう。

ITに力を入れているバングラデシュ

バングラデシュはお隣のIT大国インドと1947年まで同じ国(更に1971年にパキスタンから独立)だったこともあり、インドに出来て我々にできない訳はないとIT分野に大変力を入れています。

2013年から日本のIT系唯一の国家試験である情報処理技術者試験(ITEE)がバングラデシュに導入されていますが、筆者は同試験の導入、同試験を活用したIT人材育成にも携わってきました。天然資源に恵まれない同国において、人的資源こそが貴重な資源であり、どこにそのリソースを割くかは国の未来を決めると言っても大袈裟ではありません。

民間IT業界団体(BASIS)の最大イベントSoftExpo内で実施したITEE合格者表彰式

現在政権を担っているアワミリーグ党(AL)は2008年から12年に渡って国会議席の殆どを獲得している政権です。

強いリーダーシップでALと国を率いているのは女性のハシナ首相、そしてIT分野には長男のジョイ氏を首相ICT担当顧問(大臣級相当)として配置し、AL党の選挙公約の柱でもある「デジタル・バングラデシュ」ビジョンを実現するためにイニシアチブが発揮されています。

IT分野は免税措置や優遇措置などが他分野に比べても充実しており、国を挙げて同分野を育てていく意思が鮮明です。

IT技術を学ぶバングラデシュの若者と就職先

バングラデシュは年齢中央値が27歳と若者が豊富で、その若い世代にITは大変人気があり、大学の情報工学科への志望者で溢れています。学生数3万人超を誇るある有名私立大学では、学生の3分の一近くがCSE学科生です。

年間1万5千人から3万人とも言われるIT関連学科を卒業した若者が社会に出ますが、残念ながらバングラデシュ内にそれだけの新卒IT技術者を雇える市場があるとは言えません。

バングラデシュの就職事情

バングラデシュIT分野は中小企業の群雄割拠で、民間の情報サービス産業協会(BASIS)加盟社は2018年時点で1,131社にのぼりますが、最大手でも社員数600名程度で社員数が1,000名を超すIT企業はありません。

中小企業が多いことから企業の多くは即戦力を求めており、経験者採用が殆どです。新卒の若者は在学中からインターンなどの経験を積んで経験者採用にチャレンジすることが多く、求人も日本のような正社員総合職・一般職募集ではなく、具体的にProgrammer (PHP/Laravel), Support Engineer (WordPress)などで募集されます。経験年数も3年以上、5年以上などを求められていることが多数です。

したがって転職もProject ManagerやSenior Programmerなど特定のポストへ応募していくことが一般的で、社内でじっくり評価をされて昇進するよりも、アグレッシブに転職してステップアップしていく文化です。

とは言え、この文化は安定という言葉とはやや遠い文化であり、同じ会社にて長い目で取り組むのではなく、短期スパンで次の転職のために仕事をすることにも繋がってしまいます。

国が成長するにつれ急速にモダンになってきている若者世代ですが、こと就職や待遇となると一気にサバイバル感が増すことに疲弊しています。筆者はバングラデシュ行政機関と共に働いていますが、学生からは行政に対してもっと就職口を増やして欲しい、海外で経験を積む機会を作って欲しいとの切実な要望を聞きます。

JICAの活動

そこで若者に日本市場へ目を向けてもらうため、JICA(独立法人国際協力機構)はICT (情報通信技術)Division(日本の省に相当)下のBangladesh Computer Council (BCC)と「日本市場をターゲットとしたICT人材育成プロジェクト」を2017年から実施しています。

JICA/ジャイカとは

独立行政法人国際協力機構(JICA/ジャイカ)は、日本の政府開発援助(ODA)を一元的に行う実施機関として、開発途上国への国際協力を行う機構です。JICA/ジャイカはJapan International Cooperation Agencyの略称です

https://www.jica.go.jp/about/ 

その中でITEEを活用したIT人材育成と並行し、B-JET(Bangladesh-Japan ICT Engineers’ Training)という3ヶ月の日本語教育・ビジネスマナー・ITEEをベースにしたIT教育を織り交ぜた研修プログラムを実施しています。

UGC(大学助成委員会)で開催されたITEE活用ワークショップでのICT担当大臣講演

特に力を入れているのが日本語教育で、研修の約8割を割いて日本語能力検定(JLPT)のN4※2相当の実力を付けるべく、協力機関の宮崎大学がコースを監修し、教員を派遣して取り組んでいます。

宮崎市ではこのプログラムと連携して「宮崎−バングラデシュ・モデル」と名付けた産学官連携を実施しており、B-JET卒生が宮崎のIT企業に内定した場合、宮崎大学が一度短期留学生として受け入れ、改めて日本語教育・環境適応支援を行い、正式に採用が決まれば宮崎市が助成金を出すことで宮崎市内のIT企業がバングラデシュ人材を採用しやすくしています。

※2 日本語能力試験はN1~N5までレベルがあり、数字が若いほどレベルが高くなります。N4は「基本的な日本語を理解することができる」とされています。

B-JET(日本向けIT人材育成研修)修了証授与式(ひな壇中央はICT担当大臣と事務次官)

B-JETは2020年2月までに7期の研修を終え、228名の修了生に対して174名が日本での就職を決め、バングラデシュ内IT企業への就職を含めると99.6%の就職率を誇ります(2020年3月末時点)。

その中でも特筆すべきは上述の宮崎市・宮崎県への就職が49名の他、北海道が18名、福岡県が9名など、地方都市への就職数が少なくないことです。

日本のIT人材不足

日本におけるIT人材不足は論を俟たず、経済産業省の調査によると2018年時点で22万人が不足しており、2030年時点では16〜78万人もの不足数になるといわれています。

特に優秀な人材が都市に流出しやすい地方では、IT人材不足が深刻で、地方の中小企業であっても人材不足の観点からグローバル採用を検討せざるを得ない企業が増えてきています。バングラデシュに対してもIT人材に関心を持って視察に来るのは中小企業が少なくありません。

バングラデシュ人の概要

次に、バングラデシュIT人材の現状について解説しましょう。

同国はイスラム教徒が8割以上を占めます。

大学への進学率は未だ20%(2018年 UNESCO)で、大学へ進学できるような人はだいたい流暢な英語を話します。元々旧インド時代に英国領だった影響もありますが、高等教育のテキストは海外から入ってくる英語の本を使うのが殆どで、英語ができないとそもそも学習できません。

そのような経緯もあって、CSE学科の学生で一般的な会話レベルの英語が出来ないという人は見たことがありません。

彼らは、日本のIT企業が採用する際に課す技術試験でも概ね高い評価を受けています。

文化的背景によるマナーや習慣の違い

途上国全般に多くあてはまりますが、おおらかな性格ゆえ時間にも寛容で、自己主張は強い傾向があります。

バングラデシュでは時約束が守れなくても仕方がないほど外的阻害要因が日々押し寄せてくるため、自分の立場を守るために主張をしなければ生きていけません。

このようなサバイバル能力を求められる同国社会から、協調・思いやりを当然とし「言わぬが花」を美徳とする日本社会に適合していくには、相当な努力が必要です。これは本人の適合への努力のみならず、日本側の受け入れ能力向上も求められます。

世界水準より給与が低い日本でも、優秀なバングラ人材獲得のチャンス

昨今、USドル換算で欧米などと比べると日本企業における給与待遇は低く、世界トップレベルとは言えません。日本企業が、世界有数のIT企業に勤めるエリート人材を採用することは難しくなっています。ところが、バングラデシュ人材はまだ世界から注目を集めていません。したがって、優秀な人材であっても日本の給料水準で獲得できるチャンスがあるわけです。日本の給与水準でも、バングラデシュ内よりはより良い給料を支払うことができます。

バングラデシュ人が日本で働くためのポイント

バングラデシュ人にとっては日本企業の待遇・学べる技術・経験は申し分ないので、外国人材・イスラム教徒・ヒンドゥー教徒への理解があるか、英語でマネジメント・コミュニケーションができるか、そこが一番のポイントとなります。

イスラム教徒への理解

バングラデシュ・ボリシャルにあるイスラム教の礼拝堂・モスク

例えばイスラム教徒への理解ですが、実のところそう難しいものではありません。外国に行こうとしているイスラム教徒はそれなりにその国に適合しようと努力をするので自分でも調べており、「私は豚が食べられません」「お酒は飲みません」「一日に5回お祈りをします」と自己申告するはずです。

ここでの“理解”というのは、豚はエキスであっても入っていればダメ(豚骨スープ等)、アルコールも直接飲まないだけではなく料理酒もダメ、など少し調べれば解決できることです。もちろん会社にお祈りスペースを用意してあげるととても喜ばれますが、絶対に必要なものではありません。スペースは彼らが勝手に見つけます。

問題なのは、“それを許容しない”という姿勢です。

「豚肉だって美味しいのだから一度食べてみるべきだ」や、お酒は呑ミュニケーションだからと「俺の酒が飲めないのか」は論外ですし、一度あたり数分のお祈りも許容しないのはトイレ休憩も認めないようなものです。そこまで酷いハラスメントレベルでなければ、彼らは適合していくでしょう。

日本語習得への理解

突然「明日からバングラデシュ人とは英語だけでコミュニケーションを取れ」と言われれば、日本人の多くは戸惑い、躊躇うでしょう。だからといって、日本語を100%できなければ不採用にするというのも勿体ないことです。例えばB-JETが修了時に目標としているJLPT N4相当(基本的な日本語を理解することができる)の人材であれば、世間話は十分にできます。

業務レベルでのコミュニケーションにおいては、自社に英語を話せる人が居ない場合、意思疎通が難しいかもしれません。しかし、ある程度英会話ができる人がメンターとして時に通訳、時に相談相手になって支援を行えば、コミュニケーションはかなり向上します。それなりに技術があるバングラデシュ人は、要点を押さえて説明すればきっと成果を出せるはずです。

また、継続的な日本語学習への支援も並行して行うと良いでしょう。各企業が個別に日本語教育環境を整えられなくても、彼らが週末や夕方、あるいはオンラインで日本語学校に通うことを許容し、そこに理解を示してあげることが重要です。

語学教育には時間がかかります。

多くの日系企業が日本人に近いレベルでコミュニケーションを取れると考えるJLPT N2級に到達するには、約600時間以上が必要と言われています。B-JETで260時間学んだとしても、仕事をしながら残り400時間もの勉強を続けるのは大変な努力が必要であり、周囲の理解も不可欠となります。

このように日本語習得への理解を示しながら半年・一年と共に歩み続ければ、意思疎通ができるようになると考えます。

バングラデシュの雇用制度

バングラデシュ人材は終身雇用制度にまったく馴染みが無く、前述したように厳しい環境をサバイバルして生き抜いてきた人たちです。慣れてきた頃に放置してしまえば、もっと待遇が良いところに、もっと高い技術を学べるところに転職したいという思いが首をもたげてくるでしょう。

各企業におけるキャリアパス、次のステップではどんな経験ができるか、どのような経験を積めばもっと高いレベルで仕事ができるのか、言わなくても分かるだろうという訓練は受けていないので、言ってあげなくていけません。彼らには大きな夢や目標を持ってもらい、皆さんには情熱を持って共に走り続ける仲間であってもらいたいです。

まとめ

ここまで書いてきたように、ポテンシャルある若者がバングラデシュにはたくさん居ます。しかし「じゃあ一本釣ってやろう!」ではなく、受け入れる企業側も歩み寄り、変わっていかなければお互いが失望する関係になりかねません。

日本のあるべき人材像を彼らに押し付けるのではなく、新しい価値観の持ち主と一緒にやっていこう!というチャレンジをしてくれる企業が増えることを、バングラデシュの有望な若者たちと共に心待ちにしています。